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今日も波に揺られて海を漂う。

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Author:あめ
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2018. 04. 22

『カミングアウト』 の母の言葉

4月13日

ある本が発売されました。

『カミングアウト』 砂川秀樹(著) です。

201804222009286dc.jpg

私はなぜ同性愛であるということを言葉にしたのか。

つまりカミングアウトしたのか。

それは自分らしく生きたいと思ったからです。

そして正直に誠実にいたいと思ったからです。

カミングアウトをする時

私は結局は自分のことばかり考えていました。

否定されないかとか

離れていかないかとか

そんなことばかり。

相手を戸惑わせるんじゃないかとか

相手が涙を流す日を過ごすことになるんじゃないかとか

そのようなことを考える余裕はありませんでした。

あるいは

不幸にさせるんじゃないか

悲しませるんじゃないかという思いがあっても

それを上手く柔らかく表現することは難しいものでした。

家族へのカミングアウト。

特に母へのカミングアウト。

もう何年も前の出来事になりますが

あのときこう思ったとか

あのあとどうしたとか

そのようなことを知る機会が幸いにもあります。

母の話を聞いたり知るたびに

いかに自分のことしか考えていなかったかを感じます。

そのときの自分が必死だったと言えばそれまでですが

母もまた必死だったのだと思います。

準備をしてからカミングアウトをした自分。

唐突にカミングアウトを受けた母。

あのときはごめんね

という気持ちもありますが

それ以上にやっぱり

心からありがとう

という気持ちが溢れます。

この本を読んで改めてそう思ったのです。

「4章 ともに変わる ~関係の再構築へ~

カミングアウトストーリー(5)」

に私の母の言葉があります。

一読者として

当事者の親の心情を知りました。

もし大学生のとき

性についての本を読み漁っていた私が手にしていたら

・・・どう思っていたのかな。

わからないけど

本もウェブサイトも少なくて

ロールモデルなんていなくて

テレビで話題になることなんてほとんどなかったけど

今は変わりつつあって。

ほら

今まさにテレビで目にしてる?

とにかく

私は幸せです。

私の幸せを願ってくれる私の家族もまた

そうであることを願っています。


こうしてブログを読んでくれている方々にも感謝です。↓
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2018. 04. 15

○○の春

かつての4月。

学校という環境を離れ

広い世界に飛び出してみた。

数年後。

再び学校という環境に入ってみれば

自分の中の大きな変化に

戸惑いと葛藤が少なからずありました。

30人程の子どもたちに一斉に授業をしようとすれば

注意しなくて済む日などなく

恥ずかしながら怒ってばかりの私でしたが

それでも学級のしっかり者に支えられたり

学級のおちゃらけ者に笑わされながら

3学期間という短い期間でしたが

・・・いや言うまでもなく

みんなに助けられながら

小学校の講師としての勤務を終えました。

風のように現れて

そして風のように去っていた私でしたが

最後の挨拶にと金曜日

離任式に参加してきました。

私から最後に伝えられることがあるとするならば

と壇上で話したことは

「失敗を恐れずに色んなことに挑戦していってください」

ということでした。

挑戦することが必ずしも善とは限りませんが

身をもって体験した私だから伝えられるものがあるのでは

と思ったのです。

離任式の後

学年のお別れ会にも参加して

いっぱい笑って

いっぱいハグして

いっぱいありがとうを言いました。

そしたら思いがけず

いっぱいのお返しを受け取りました。

201804152030440bf.jpg

そして今

そんなみんなからの激励を頂き

私はまた精いっぱい生きています。

20180415203317cc3.jpg


春、ですね。↓
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2018. 02. 17

100人いれば100色の性

本日

LGBTの講演会のパネラーとしての出席。

また一来場者として

母の話を聞きました。

講演会を終えて今思うのは

とにもかくにも母に感謝です。

カミングアウトしたときは

自分のことで精いっぱいだったけど

カミングアウトされた側も

一生懸命だったことを

母の言葉から感じました。

こうして今日

二人でこの会に参加できたことを

本当に嬉しく思います。

母にカミングアウトしたとき

受け入れられないのなら

家族の縁を切ろうとさえ思っていました。

切れないものだけれど

それでも切ろうと。

ひとりで生きていこうと。

迷惑をかけるくらいなら

不幸にするくらいなら

もういっそのこと

ひとりになれたらと思っていたのです。

それほど

私にとっては大事なことで

私にとって

家族は大切にしていきたい存在だったのです。

それもまた

私の勝手な考えだったことは

今は言うまでもありません。

やりたいことをやらせてくれ

世間体など飛び越えて

私の幸せを願ってくれる母。

「ありがとう」の一言です。

そしてまた

このような講演会を企画して頂いた方々にも

感謝感謝です。




本当にありがとうございました!↓
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2018. 01. 28

講演会のお知らせです

ひょんなことから

愛知県の講演会に

パネラーとして参加することになりました。

世界は広いし

住みやすい場所や

生きやすい場所はあるのだろうけど

今ここでできることがあるならば

私なりにやっていきたいと思う。

ここにいる私が

私であるために。

予約不要で入場無料ですので

良ければ足を運んで頂けたらと思います。





「LGBT」
聞いて 感じて 考えよう
~100人100色の性~


日時:2月17日(土)午後1時から
場所:名東文化センター

第1部 講演会
「100人いれば100通りの性がある」

第2部
LGBTの当事者・当事者の親による
パネルディスカッション


私が私にできること。↓
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2018. 01. 08

新年のご挨拶とご報告

遅くなりましたが

新年あけましておめでとうございます。

DSC_0073’

今年はここ日本で年末年始を迎えました。

数年間

場所を問わず

やりたいことをやらせてもらって

自分が楽しいと思うことや

自分がやりがいを感じること

自分が大切にしたいことなど

自分を再発見する旅をしていたように思います。

一時帰国と思ってきた昨年の秋。

ひょんなことから私は日本に残ることが決まりました。

教育とどう関わっていくのか

自分なりに模索していた最中

学校の講師登録だけでもしてみようと

教育事務所へ行ってみたところ

その30分後には

地元の小学校で講師として働くことが決まりました。

中学校を希望で登録しに行っていましたが

小学校で講師が不足しているとのことで

これもご縁かな

と思い1月初旬から働くことが決まりました。

色んなことを私なりに挑戦してきましたが

そんな経験が何かしら役に立ったら嬉しいなと

そう思っています。

その時

その瞬間を

全力で笑顔で生きられたら

と思っている今なので

この先のことは

やはり私自身も未知で

その不確かさを楽しみにしているところです。

ただ確かなのは

今日も笑顔で

楽しい一日だったということです。

こんな私ですが

本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

DSC_0027’


おみくじは、珍しく大吉でした。↓
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2017. 11. 23

講義 「人権学習 セクシュアルマイノリティについて」

昨日

とあるところで

とある講義をする機会がありました。

久々に人前で自分の性にまつわるもろもろの話をし

多少口下手になっている自分に出会いました(笑)

十分に準備したつもりでしたが

前夜はぐっすりとは眠れず

講義中はやはり多少の緊張もあり

終えた直後も

上手く伝えられたかなぁと正直不安もありました。

一人にでも何か響くものがあればいいと

そう終えて片付けをしていると

わざわざ声をかけに来てくれる人が現れました。

妙に大人びているその人と出会い

私のもやもやは解消されたような気がしました。

そしてその場では話せなかったことを

少しばかりここに書いておこうと思います。

「親に言うタイミングとか、ありますか?」

その質問に私ならこう答えます。

あなたが話したいと思ったときがきたら

それがそのタイミングです。

もし話したいと思うときがこなかったら

それはそれでいいのだと思います。

無理に話す必要はないし

無理にわかってもらおうと思う必要もありません。

私自身

始めは墓場までもっていこうと思っていました。

だから話す気はありませんでした。

話すことで悲しませてしまうなら

それよりは黙っていた方が良いと

そう思っていました。

でも話したいときは自然と訪れ

黙ってはいられないほど伝えたくなりました。

それが私のベストなタイミングでした。

結果として

すぐにではありませんでしたが

私というものを伝えられたように思います。

大切な人を大切に。

そしてあなたが幸せな日々を過ごせることを

私は心から願っています。

話に来てくれて本当にありがとう。

あなたに出会えて良かったです。

他にもできれば直接お話したいと思う人がいましたが

それはまたその時がきたときにしたいと思います。

一先ず

今私がどうしても言葉にしたかったことを

ここに綴った次第であります。


私もまた、あなたに勇気をもらいました。↓
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2017. 11. 08

どうしたらいいか、どうしたいか

最近気づいたのは

「したい」という気持ちと

「して欲しい」という気持ちに大きな違いがあって

こうしたいと思う自分と

こうして欲しいと他者に思う自分は大いに違う。

結論から言えば

誰かに何かをして欲しいというのは私欲であって

もしそれが叶わないときには

ついには他人のせいにして責めてしまう。

そんな自分は好きじゃないから

「して欲しい」という欲をやめることにした。

そうしたら

自分の欲は満たされない

ということではなく

むしろ解放されるような不思議な穏やかな感覚。

私にとって自分を大切にすることは

他者を大切にすることと似た感覚で。

だからどちらも大切にしつつ

バランスがとれていけたらなぁと思うのです。

究極の二択の問題って

学生のときにおもしろくてよく考えては意見してたけど

究極のところ

自分がしたいことをして相手に不快な思いをする方がいいか

相手がしたいことを尊重して自分が不快な思いをする方がいいか

と問われれば・・・

私は後者を選ぶのでしょう。

それが私の性格といったところでしょうか。

でももっと言えば

その二択の問題を投げかけられたとき

第三の答えを見出すのに面白みを感じるのが

私だったりします。

自分も大切にしつつ

相手も大切にできたら。

そのためには

どうしたらいいか。

そうしたいために

どうしていきたいか。

一時的な感情ではなく

本質的なところで。

みんなが笑顔になれたら

って思うのは私欲なのかなぁ。

夢物語でも構わないから

そんなハッピーな話を

私はしたいのです。

相手が笑ってくれたら

自分も笑顔になれる。

自分が笑っていたら

相手も笑顔になる。

この幸せの連鎖を

私はお子様たちから学んでいます。

いつも周囲の方々から笑顔を頂いてます。

だから私は

あなたを大切にしたいのです。

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一でも二でもない無限の答えがあるのだと思います。↓
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