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2011. 05. 08

新聞に載っちゃったよ!

奈良日日新聞

これは5月7日付の奈良日日新聞です。

1面

これは1面にある気仙沼での支援ボランティアの記事です。

これがうち

そしてこれはあめです。

写真だけですが・・・ちゃっかり載っちゃいました(笑)

左下のマスクしたのがうちですよ。

一日目のボランティア先で現地の方と撮った写真ですね。

この記事の見出し。

「本気の若者よ 行動しよう」

っていう言葉や

記事を読んでいて改めて気付いたのが

そういえばボラバスに若者は少なかったな

ってこと。

それと

やっぱり行動するべきなんだな

ってこと。

うちが行動できたのは

ずっとこのときを待っていたからだった。

「今行っても何もできないかもしれない。

むしろ迷惑になるだけかもしれない。

じゃあ必要とされるときを待とう」

ってそう思ってずっとそのときを待ってたの。

今回の奈良市のボランティアの募集を見つけたとき

動くタイミングは今だって思えた。

行ってみて

そして帰ってきて

それからも現地のボランティア情報をネットで見たりして思うのは

うん

やっぱりすごく必要とされてるよ。

現地のボランティア。

メディアや周囲の人の目や声によって

躊躇してる人は多いかもしれない。

でも

各地域にボランティアセンターがあって

道具や情報やニーズ票っていうものもあって

公に募集もされてる今

少しでも気持ちがあるなら

躊躇する必要はないんじゃないかな。

募金箱があって

募金するお金も気持ちもあって

あとは自分の手次第で募金できるのに

それでもしないのって何か変でしょ。

何か不甲斐ないでしょ。

それに現地の人が何度も言ってるのを耳にした。

「やっぱり人手だなぁ」って。

そして何よりね

実際に活動してみたけどうちは違和感も後悔も感じてない。

動くときが来たんだとうちは思う。

伝えたいことは山ほどあるよ。

でも

「自分も行ってやってきなよ・感じてきなよ」

ってその一言がうちは一番伝えたい。

一人でも多くの人が現地のボランティアをしたらいいのにな

ってうちは思う。

てかね

なんで「ボランティア」の言葉が持つイメージって

前向きじゃないことが多いんだろう。

偽善なんじゃないかとか

自己満なんじゃないかとか言われて

はたまたそう思われてるんじゃないかとか思って

なんで堂々としていられないんだろう。

自分で問い直すことは大切だと思うけど

ボランティアを外から見てる人に言われて

なんで胸を張っていられないんだろう。

ボランティアは外から見るのと中から見るのでは全然違う。

それはうちが今回自分でも感じたことなんだけど。

若者は身体を動かした方がいい。

頭を動かすのは専門家に任せたらいい。

だから

「必要ありません」って言われなければ

ボランティアをしたらいい。

ただし思いやりを忘れずに。

・・・って

うちは思うんだけどなぁ。

「つながろう日本」

って言われても

うちはやっぱり直接つながんないとぴんとこない。

「メッセージを送ろう」

って言われても

うちはやっぱり自分の声で直接伝えないと伝えられない。

うちってそういう人間なの。

奈良日日新聞の記事がものすごくしっくりくるのも

やっぱり行ってきたからなのかなぁ。


2011. 05. 04

心ないことがない世界

比べるつもりなんてなかった。

いや

比べものにならなかった。

自分よりも大きな不安や悲しみや孤独を抱えても

心がすさんでいない人々に

うちは圧倒されてしまっているんだろう。



心がこれほどにまで戸惑ってるのも無理ないか。

あの3日間は圧倒されることはなかった。

メンバーみんなで心を研ぎ澄ませてた。

紙面上のニーズはわかっていた。

でもそれだけではないニーズを感じようとした。

どこまでやるかどれくらいのペースでやるか

自分でもなく相手でもない

その間にあるベストを探りながら動いていた。

自分の特性を自身で見極め

自分の役割をみつけて努めていた。

気遣ってくれたことに対して

どう受け止めるべきかを無言の中で感じ合っていた。

些細な言動一つに

それぞれが目を向け耳を傾け心で解釈した。

言葉にしなくても

言葉にできなくても

心が通い合っていた。

心臓の数以上の心がそこにあるようだった。

あの3日間はまるで異世界だった。

どこにいたって

何をしていたって

心がないときはなかった。

気を遣うということに

全く苦痛も負担もなかった。

四六時中自分以外の誰かがいることに

窮屈さも不便さもなかった。

相手を尊重し思いやることが当たり前だった。



一人になってそんな5日間がじわじわ沁みてきた。

今回の活動で出会った人々にも

実はうちは圧倒されてしまっているんだろう。

みんな違った。

その違いを楽しんでいた。

誰一人同じ人なんているはずがなかった。

でも心は通い合っていた。

不思議な世界だった。


2011. 05. 04

温度のある「ただいま戻りました」

昨日は実はmixiの方でも日記を書いた。

より具体的でより日記に近いものを。

ブログでは具体性は省いた。

個人的な内容を書くのを少しためらったから。

でも一晩おいてやぱこういう日記も載せたいと思った。

だから抜粋したものを載せます。

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『ただいま戻りました』 2011年05月03日14:02


ただいま。

東北から無事に帰ってきました。

何を書こうか。

とりあえず・・・まずは一言。

行って良かった。

本当に。

マスメディアの切り取られた一部を見るのと

自分の目と耳と鼻と色んな器官を使って感じるのと

やっぱり違ったよ。

というのは風景や状況のよくある話。

ここではボランティアの内部の話をしようか。

マスメディアも感じられない部分をね。

1クール20名を5回

総勢100名が奈良市災害支援ボランティアに参加。

うちは2クールの一人として参加した。

そして20名をさらに4グループに分けて

その日ごとにニーズ票というのが配られ

そのお宅に各グループが支援しに行くという構成。

活動日は3日間。

1日目。

食器洗いと家の内部の清掃。

泥とサビで食器は汚れ

家の中にはうちの胸のあたりまで水の跡。

泥はとってもとってもまた出てきた。

作業中少しだけ腐敗臭。

2日目。

前日とは違うお宅で水の跡消しと窓や網戸の清掃。

それとおばあちゃんとのコミュニケーション。

3日目。

1日目のお宅で床のぞうきんがけと窓のレールの泥の除去。

「住めるように」という依頼主の言葉を目標に

ひたすら磨きひたすら泥をとる。

この3日間の作業については以上。

ここからは人の話。

1日目と3日目のお宅は家族で暮らす大きな家。

寡黙なおじいちゃんと

おちゃめなおばあちゃん。

お昼にはコーヒーやお菓子を頂き

作業中も

「休みながらやってください」と何度も口にする。

作業の開始時は表情の硬かった

おじいちゃんとおばあちゃん。

作業終了時は笑顔で

「ありがとうございます。」

となまりの混じった優しい声で言ってくれた。

うちらの返す言葉も

「ありがとうございました。」だった。

2日目は一人暮らしのおばあちゃん。

作業を始める前にはお茶をすすめ

作業道具は全部準備してあり

お昼には豚汁や漬物やお菓子や色々をごちそうになり

帰るときにはお土産をどっさり。

うちらが見えなくなるまで家の前で見送ってくれた。

作業中にも

「ぼつぼつやってください。」

「身体が大事ですから。」

とうちらの身体を気遣ってくれる。

おばあちゃんはきっと強がっていたけど

ずっと人を求めてたんだと思う。

昼食の間中

お椀を手にしながらもずっとずっと話し続けた。

地震のことや家族のこと。

おばあちゃんに聞いた。

「いつも一人でご飯食べてるの?」

「そおだよぉ。」

「寂しくない?」

「寂しいっ。」

って

笑顔で言った。

寂しさが滲み出てた。

「うちの家はいいほおだぁ。だから愚痴なんか言っちゃいけん。」

一人で背負うには小さ過ぎる背中だった。

気仙沼はある高架下をくぐると風景が変わる。

家や店の前を車が走る街中が一変して

焼けた家や車を始め全てが崩れ焦げていた。

茶色と灰色ばかりだった。

未だに焦げた臭いもした。

その一角の手前でも

フェンスは不格好に倒され

木には泥や物が引っ掛かり

道路には色々なものが積み上げられていた。

家の中を長靴で歩き

タンスの中には泥がたまり

隅の隅まで泥が詰まっていた。

でも

ものすごく人が温かかったんだ。

うちが現地に行って何を一番感じたのかと聞かれたら

人の温かさだった。

もちろん悲しみや絶望も感じたけど

それでもみんな温かかった。

うちはきっと思い出すんだろう。

漬物や豚汁や栄養ドリンクや

鰹節いっぱいのおひたしを見るたびに

あのおばあちゃんのことを。

色々いっぱい

ごちそうさま

ボランティアで現地に行って

現地の人と出会って良かった。

他人事にならなくて良かった。

これでもう東北のことを忘れる心配はなくなった。

これから何をしていけるのかは

今は帰ってきたばかりでまだわからないけど。

自分の人生の歴史に残る5日間だったことは間違いないね。

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奈良に帰ってきたら

必要以上に引きずることはよそうと思ってた。

でも

そんな簡単に切り替えられるほどの出来事ではなかった。

無力感とか虚無感とかそういう感覚はない。

食器を洗っただけかもしれないけど

「おばあちゃん一人でやらなくて良かった」

って思ったし

床やトイレやお風呂を掃除しただけかもしれないけど

「おじいちゃんやおばあちゃんだけでやらずに

自分たちがやれて良かった」

って思ったし

たった一食だったけど

「おばあちゃんと一緒にご飯を食べれて良かった」

って思ったから。

それに何より

「ありがとう」って言われて

それで良かったんじゃないかって思うから。

うちが今日も一日

出会ったおじいちゃんやおばあちゃんを想っているのは

きっと誰かと出会ったときに刺激を受けたときのように

ものすごい衝撃があったからなんだろう。

こんなときうちは

いつもとことんそれらを感じて

気が済むまで考えてきたから

無理に引き離そうとはせず

今回もじっくりとどっぷりと

自分にしっくりとくるまで浸かってもいいかな

って思った。

うちの場合の話。

だってうちはきっと

それがしたくて迷わず参加を希望したから。

長期的な支援が必要。

そして人手が必要。

「これくらいでいいですよ」

「ちょっとずつやっていきますから」

という言葉は

長い長い復興の中の

ほんの一瞬に自分が入っているということを

気付かせてくれた。

ゆっくりと

でも着実に

現地の人々は動き続けてきたんだろう。

そしてこれからも。

出会ったときに「今でも泣けてきちゃって」と言った

おばあちゃんの潤んだ瞳が忘れられない。

作業中に無言で働き続ける

おじいちゃんの頼もしい背中が忘れられない。

別れるときに何か感じて欲しくて握手した

おばあちゃんの握り返してくれたあの手が忘れられない。

気仙沼に戻りたいな・・・

ってふと思った。

ボランティアの人のためにと作ってくれていた豚汁。

しょうゆ味とみそ味の大鍋2つを空にしようと

持参していたパンをカバンの中に閉まったまま

気付けば5杯食べてたあの日が少し懐かしい。


2011. 05. 03

ただいま戻りました

ただいま。

無事に東北から戻ってきました。

伝えるべきなのはわかってるけど

一体何を伝えるべきなんだろうな。

あんまり考えると

何も伝えられなくなってしまうから

書きたいことを書いていこっと。

そもそも参加した動機は

とにかく自分の身体で感じたかったからだった。

もうメディアで知るのは

お腹いっぱいだったんだ。

メディアで知るだけじゃ

もう何も得られなくなってしまってた。

それが正直のところ

うちは嫌だったのかもしれない。

自分の身体で感じて気付いたことが

今までいくつもあったもんだから

いつしか自分で感じなきゃ

それが現実なのかわかんないと思うようになった。

感覚的なもの

それがうちにとって大事にしてきたものであり

大事にしていきたいものなんだろうと思う。

そんなわけで

今回はボランティアという形で

自分で現実を感じてこようとそういう経緯だった。

そして帰ってきた今

「自分の身体で感じた一番印象的だったものは?」

と問われれば

「それは人の優しさでした。」

と答えるでしょう。

悲しみや絶望ももちろんあったけど

それ以上に感じたものがあった。

それが気仙沼で出会った人の優しさや温かかさだった。

心の広さと言えばいいのかな。

思いやりの範囲と言えばいいのかな。

ボランティア精神なんていうかっこいいものは

うちの意識にはあまりないけど

もし心髄にあったとしても

そんなものは簡単に打ち砕かれてしまうほど

うちが出会った人は心の温かさを持っていた。

自分自身がしんどかったとき

自分に対してはできなかった思いやりを

まるでかわりにうちらにしてくれるような

そんな思いやりをひしひし感じた。

とにかくそれがうちは一番印象的だった。

「ありがとうございました。」

と何度も言われたけど

それ以上にうちは何度も

「手伝わせてくれてありがとう」

と思っていた。

テレビを見るだけじゃわからないもの

話を聞くだけじゃわからないものを

活動を通じてうちは感じることができたから。

実は何度も泣きそうになった。

茶色と灰色と広すぎる空の風景に鳥肌が立った。

気仙沼

何度拭いても残る泥が憎かった。

背負うには小さすぎる背中を見るのが悲しかった。

笑顔の奥にある不安や悲しみや寂しさに心が震えた。

道路の両脇にある家の中にあるはずのもの

長靴で家の中を歩く姿

どこにでもある泥や水の跡

その風景に慣れていく自分も怖かった。

でも

それが自分の身体で感じられて良かった。

じゃなきゃうちは

いつしかこの地震を忘れ

人の痛みに気付かず

「そういえばそんな日もあったな。」

なんて淡泊な顔をして言っていたんだろう。

あるいは

「ひどい地震だったよね。」

なんて言って

メディアの言葉を借りながら話を合わせていたかもしれない。

信じられないような光景だって今は信じられる。

気仙沼

これがうちが見た現実だったから。

気仙沼




2011. 04. 29

しばらく留守にします

一応連絡。

今日から4泊5日で

東北に行ってきます。

奈良市が募集していた災害支援ボランティアで。

うちね

自分の身体で感じないとわかんない人なの。

知ったかぶりも

知らないふりも

したくないの。

なのでしばらく留守にしますが

ご心配なく。

もし何かあっても

うちは後悔しない。


2011. 03. 17

温かさを感じた街頭募金でした

初めて街頭募金をした。

駅前で募金を呼び掛けた。

色んな人がいた。

道のど真ん中で車を止めてお金を渡してくれる人

自転車から降りてお金を入れてくれる人

信号待ちの間に募金の準備をしてくれる人

お子さんからお年寄りまで

年齢を問わず国籍を問わず

色んな人が募金箱に想いを込めた。

「ありがとう」と言われた。

「頑張ってね」と言われた。

うちは言われる側ではないのに・・・

とは思いつつもその気持ちが嬉しかった。

街頭募金は思いのほか神経を使う。

色んな人がいるから

その人ごとに距離を測った。

近寄った方がいいか

目を合わせた方がいいか

大きな声の方がいいか

意識を向けない方がいいか

要するに

自分の思いを伝えるか

相手の意志に任せるか

もしくは踏み出す一歩のきっかけをつくるか。

それを考えながら動いてた。

機械的にやったら楽。

セリフを決めて

立つ位置を決めて

同じ事を繰り返すこともできる。

でもそれじゃうちはおもしろくないのね。

ほんの一瞬の出会いだけど

色んな人と関われてうちは楽しかった。

機械的にしてたわけじゃないけど

どの人にも共通してすることもあったよ。

まずは笑顔。

それとお礼。

・・・当たり前か。

文にしたらあまりに当たり前のことに思えてきた(笑)

でも実際にやったらそうでもない。

目の前を歩いていく見知らぬ人に笑顔で声をかけること。

素通りされることを覚悟で。

広場で大きな声でお礼を言うこと。

ときには頭も下げて。

相手と場所が変わるだけで意外と非日常的な行動。

そんな関わりから感じたこと。

募金はただお金を集めるだけじゃない。

この募金箱には

お金だけじゃなく色んな人の想いがこもってる。

できれば

この想いも一緒に届けられたらいいのに。

この温かさも

この明るさも。

あまりスケールの大きな話はしない。

大きすぎて実感がないから。

だからうちの中でも色んな思いがあるけど

それはいいや。

実感がなくなっちゃうから。

人の温かさを感じた街頭募金でした。

それでいいよね。


2011. 03. 16

在り来りだけど笑顔の力を信じてみよう

今日は学内と校門前で募金活動。

結局

「募金お願いします。」

と声掛けをしている自分。



細かいこだわりは自分の内にそっと置いておこう。

気づいたこと。

どんなに被害が大きくても

暗い募金にしないこと。

そんなときこそ

笑顔が必要なこと。

一生懸命さや真面目さを出すんじゃなく

笑顔で呼びかける方がうちには合ってる。

募金箱を持って笑顔でいれば

道を通る人が笑顔を返してくれる。

足を止めて笑顔で募金箱に入れてくれる。

幸せなとき

人は笑顔だから

幸せになりたいとき

笑顔になればいい。

幸せにしたいとき

笑顔を送ればいい。

幸せが笑顔を運んでくることもあるけど

笑顔で幸せを運んでくることもできる。

さっきの地震で奈良も揺れた。

どきっとした。

次はどこで起こったのか

どれくらいの地震なのか

みんな無事か

それが不安だった。

胸がキュッて締めつけられた。

でも

うちはうちを生きようと思った。

何があっても生きようと思った。

笑顔で生きていこうと思った。

静かな揺れが与えた決意。

悲しみは幸せを生んではくれない。

幸せを生み出すのはきっとその先にある笑顔だ。

だから今こそ笑え。

うちへの言葉。


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