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2011. 04. 16

これは自分のためのメモ

全く関係のない追記。

これは自分のためのメモ。

わかってる。

悪口を言われるような言動をしたら

「レズ」「オカマ」「オトコオンナ」

なんて言われるのがオチ。

簡単にいじめられる要素を持ってること

自分は十分に持ち合わせてること

わかってるから

それが悪い場面で理由にされないようにする。

でもそこを目標にするのは難しい。

だから

それが良い場面で理由として出てくるぐらいになる。

人の痛みがわかるのはそれでか。

寛容な感じがするのはそれでか。

魅力があるのはそれでか。

うちが目標にするのはそこだ。

同性愛であることは

うちにとってこれっぽっちもマイナスじゃない。

譲れないほどプラスなもの。

これからだってそうしていこう。


2010. 12. 30

他人の感情

今まで自分の中で

支える側と支えられる側に分割することはあったけど

新たな分割方法があることに気付いた。

自分の感情を他人のものとする。

自分ではあるんだけど本人ではない

そんな他人である自分をかたどって

感情をそこに置いていく。

そうやって

自分の中に他人をつくるってわけ。

そうすると何が良いかって

第三者になって相手の話が聞けたりする。

どんなにうちの心がざわつく話であっても

自分の感情を相手の言葉に乗せることなく

装飾のない手で相手の心に触れられる。

いつものうちの好きな聞き方で耳を傾けられるから

自分を嫌いになることもない。

それが良いよね。

難易度は正直かなり高いけど期待度も高い。

そんな画期的な方法。

でも一つ心がけておきたいのは

他人の感情とするのは

話を聞いてるその瞬間さえできればいいから

一人になって落ち着いたころには

決して置きざりにしたりはせず

ちゃんと迎えに行くことを忘れないようにしよう。

他人のものという形にしたって

所詮自分の感情なんだから。

そして他人が自分に戻ったときには

びっくりするほどそいつは甘えてくるけれど

そのときはいつものように

もう一人の自分が支えてあげようじゃないか。

まだまだぎこちないけど

これに慣れたら

うちの耳はもっと多くの声を聞けるようになるはずなんだ。

成長の種の発芽の予感。

でもね

その期待の一方で

もしかしたら

自分の声は誰にも聞こえなくなるかもしれないとも思う。

まーそんなときも

とりあえず自分の耳で聞いてあげよ。

もちもーち。

応答どーじょー。



2010. 09. 03

なりたい自分になる

なりたい自分になってますか。

大事なのって

それじゃないかとふと思いました。

何になりたいとか

何をしたいとか

色々とあると思うんだけど

その根底にはきっと

そこになりたい自分がいるんじゃないかって

うちはそう思います。

だから

どんな立場にいようと

どんな仕事をしていようと

そこに不甲斐なさを感じてるなら

やりたいことができてない

っていうよりも

なりたい自分になれてない

っていうことなのかもしれません。

例えばうちは学生で

今のところ教師になろうと思ってるわけですが

なりたい自分であり続けた結果なら

今もこの先も形にはこだわりません。

だってうちは自分らしく生きたいだけだから。

なりたい自分を考えたら

うちにとって性は関係がとても深いもので

この性っていう得体の知れないものを大切にしたいと

そううちは思うから

どんなときも

そこだけは譲らず臆さず歪めずにいたい。

形なんて変わってもいい。

ただ本当に大切にしたいものだけは

決して手放したりしない。

そして

決して忘れない。

覚えておこう

そんな自分を。


2010. 08. 30

最悪な自分の直し方

最悪な自分の直し方。

「心に余裕を持つ」

これに限ると思います。

身体をほぐして

頭をほぐして

そして心をほぐして。

どれも

正直言って自分じゃなかなかできないんだけど。

でもそのなかでも

心だったらなんとかできるようなそんな気がする。

一息置く。

一歩下がって考える。

何が大切なのか問い直す。

相手の気持ちに目を向ける。

これができるようになれば何とかなる気がする。

忙しさに負けるな。

それを口実にするな。

時間を上手に使うとかお金を大切に使うとか

表面的な対処でなんとかなることもあるけど

長い目で深い目で見たら

もっと根本的なところを直していかないと。

これからの自分のために。


2010. 08. 28

自分のせい

時間とお金。

今のうちにはこのバランスが上手くとれない。

最悪なことに

それはきっとどこかで誰かのせいしてるからで

さらに最悪なことは

それを周りの人に当たり散らしてさらにバランスを崩してること。

そして極めつけには

「あー…やっぱりこんなときは一人でいなきゃ」

って自分の内をコントロールするんじゃなく

自分の外をコントロールすることで解決しようとしてしまう。

自分でもびっくりするほど最悪な自分。

自分の弱さ。

自分の惨めさ。

向き合わなきゃ。

こんな自分の心の貧しさと。

「ありがとう」の一言も言えないまぬけさと。


2010. 08. 20

10ヵ月後

10ヵ月。

10ヵ月で

うちはどれだけ変化するんだろうか。

久しぶりに会った人の変化は気づきやすい。

その人の変化に過去の記憶とのズレが生じ

戸惑うことも少なくありません。

そしてそのズレは

仲が良いほど顕著で繊細なもの。

ときどき思います。

うちは良い方向に変われてるんだろうかって。

「昔の方が良かった」

なんて思うようなことは

思わせるようなことはしていないかな。

できればね

変化を楽しみにされるようなそんな人でありたい。

それはつまり

期待されてるってことだと思うから。

その期待を裏切らないように

いや

その期待以上であろうと

そう思います。


2010. 08. 20

「今」では叶わない夢

いつ死んでも「ま、いっか」って思えるような

それは決して諦めではなくて

やり残したことがないときの言葉で

まるで死がゴールのようで

そしてそのゴールテープを笑顔で切れるよう

そんなふうに日々を生きてきました。

それは今も変わらないのだけど

以前と少し違うのは

「夢」ってものができたこと。

そしてその夢ってものは

どうも「未来」にその存在があるような性格を持ちます。

そうするとうちの中で問題が起こりました。

未来に夢がある限り

うちはやり残したことができてしまうんじゃないか

ってね。

しかもその夢は自分の胸の内にあるだけじゃなく

多くの人に語り続けてきた。

この状態で今うちが死んだとしたら

どれだけの人に「残念だ」とか「夢があったのに」とか

思われてしまうんだろう。

どれだけの人が

うちの過ぎた過去と訪れない未来に

思いを寄せるんだろう。

うちはそんなふうに見送られるのはごめんだね。

だから今を生きること

今まで以上に意識しています。

こんなことを言うと

「何言ってんだ」って思われるかもしれないけど

うちは

自分の夢を叶えるつもりはありません。

今という生きてる時間の中で叶えるつもりはありません。

叶ったら終わってしまうから。

そこで終わってしまうから。

いつの「今」でも終わらせたくはないから。

過去で叶っててもいい。

未来で叶ってるのもいい。

でも今では叶って欲しくない。

ということは結局ね

生きる長さと夢の達成度は

うちの場合は関係ないってこと。

長く生きればいいってもんじゃないってこと。

この今の自分にできることを

惜しみなくやってる。

惜しみなくやっていたいと思う。

そうすればきっと

「ま、いっか。」

って言えると思うんだ。

夢に届かなかった者

じゃなく

夢の中に居続けた者

そんなふうに思われたら

最高なんだけど。


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