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2009. 11. 30

これがなかったら自分じゃないこと

今日大学で保健体育の模擬授業がありました。

単元は「自分らしさ」。

生徒役で授業を受けました。

「自我」「アイデンティティ-」「自分らしさ」

について説明された。

そして先生役から一つの質問が。

先生役)「じゃあこれがなかったら自分じゃないことは何ですか?」

-しばし考える時間-

先生役)「じゃあちょっと聞いてみようかな。」

-1人目が当てられる-

生徒役)「優しさ。」

先生役)「うん。じゃあ次・・・あめさん。」

あめ)「・・・。」

-10秒以上の沈黙-

あめ)「・・・女であること。」

-笑いが起こる-

そう

うちがうちであるための最低条件

それが女であることだったんです。

一生懸命考えて出した答え。

でも周りにはそう捉えられなかった。

てか笑われた。

考えたわりに出した答えがそれかよ!?

って感じで捉えられたらしい。

でもうちはその瞬間

自分の中の地雷を踏まれた気がした。

授業後

「あめ何も考えてなかったでしょ?」

って言われたりしました。

「いやでも本当だし。」

って言ったら

「そりゃ本当じゃなかったら問題だわー。」

って返された。

つまり女なのに女じゃなかったら問題でしょ

ってことなんだろうね。

またこんなやりとりもありました。

友達)「髪型って答えたらよかったんじゃない?」

あめ)「そんな浅い答え・・・。」

友達)「じゃあ女であることはそんなに重要なんか!?(笑)」

あめ)「・・・。」

全然笑えないし何も言えねぇ。

頬も口も1㎜も動かなかったように思う。

うちが女でなければ

うちはレズビアンじゃない。

みんな当り前だと思っている男と女という性別に

うちは自分らしさを感じています。

今日わかったこと。

うちとは軽々しくアイデンティティの話はしない方がいい。

それがうちと上手くやっていく秘訣。

そんなに軽いもんじゃねぇんだって。

どんな発言にも

葛藤のあとの覚悟や責任

そういう重みが人知れずついてるから。

だから

そういう話を軽々しくしないでくれ

・・・と静かに心を閉ざしたのでした。


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2009. 11. 29

必要なのは具体策と勇気

ずー…っと考えています。

有名になる方法を。

本気なら

片っ端から応募すればいい

って思うはずなんだけど

手が出せない。

結局うちはチキンなのか…?

どうしたらいいのかも

何したらいいのかもわからない。

ただ

社会を変えたい

という漠然とした夢だけあって

実現する手段がわからない。

全然具体的じゃない。

だから夢なんだ

目標じゃなくて。

有名になりたい。

けどうちにあるのは

この魂

ただそれだけ。

そんな自分に何ができる?


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2009. 11. 28

飛躍と暗躍

衝撃の出来事。

大学の先輩がプロの世界へと飛躍した。

本当にやってのけてしまった。

挑戦はただの挑戦で終わらなくて

夢をただの夢では終わらせなかった。

置いて行かれた気分です。

飛躍していく人々をみると

うちは何してんだろうって幻滅してしまう。

こんなうちにも夢があるのに。

誰にも話さず

うちの胸で温め続けているでっかい夢。

うちは暗躍で終わってしまうんだろうか。

というか

ただ幻想を見て

満足して

終わってしまうんだろうか。

悔しいよ。

結局でかいこと言ってるだけで

でかいことは何もしてない。

うちも飛びたい・・・。

うちに翼はありますか・・・?


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2009. 11. 27

捻くれ者の捻くれた幸せ

朝起きて

学校行って

帰ってきたら寝て

バイト行って

帰ってきたらパソコン触って

適当な時間に寝て

また朝が来る。

こんな日常を繰り返していると

すごく楽なんだけど

うちはとんでもなく捻くれ者なので

楽になるほど不安になります。

さらには

幸せを手に入れた自分を想像すると

もう生きなくていいんじゃないかとか

思ってしまいます。

うちはきっと

満足したらおしまいなんです。

とか言いつつ

毎日いつ死んでもいいようにと

努めています。

例え今死んでも

「まあいいか」

って思えるように。

いくら食べても空腹なのに

常に満腹にしておこうとするような

そんな矛盾したことをしてる感じです。

あーもう消えたい

って思うほどの日々を過ごしてるときの方が

うちは安心できるのかもしれません。

まだ生きてていいんだ

って

幸せを手にしては思えないけど

困難を抱えてなら思えてしまう。

なんて捻くれ者なんだろ。

うちにとっては

これを幸せというのかな。

幸せの定義そのものが

捻くれてるのかな。


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2009. 11. 26

「誰か」を求めてしまうのは事実

好きなタイプや好きな人

今のうちにはいませんでした。

だからわからなかったんです。

でも先日『なくもんか』という映画を観ました。

そしたらですねー

竹内結子さん

・・・いいですね(笑)

でもそれはその人を好きなのか

それとも支えてくれる人の存在

阿部サダヲさんが演じる「祐太」と

竹内結子さんが演じる「徹子」との関係に惹かれたのか

その二つの可能性があります。

自分がどうしようもなくなったときに

ああやってそばにいてくれる人がいたらな・・・

なんてどこかで思ってしまったんでしょう。

今まで一人を選んできて

一生懸命自分で自分を支えてきたけど

結局誰かを求めてしまうのは

どうしようもない事実なのかもしれません。

ただ今は

リアルな世界にその「誰か」がいないので

ある意味助かってます。

まだまだ一人で頑張れる。

一人で立って

歩いて

こけても

また自分で立ち上がろっと。


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2009. 11. 23

眠れない夜に身体が叫ぶ

今日はいっぱい寝ようと思って気持ちよく眠っていたら

1時間もしないうちに目が覚めて

そしたら

自分の上腕二頭筋あたりに違和感があって

眠れなくなってしまいました。

その違和感っていうのが

また意味わかんないんだけど

自分の腕じゃなくなる感じ。

内側から自分が広がっていって

皮膚をはみ出してる感じ。

自分の腕を取り戻したくて

ベッドに思いっきり腕を打ちつけてみたり

何度かつねってみたり。

痛みで取り戻そうとしてもだめだった。

だから今度は何もせず我慢してじっとしてみた。

いやこれは気のせいなんじゃないか

って思ってみた。

そしたら自分がどんどん広がっていって

数秒後には感覚がなくなっていって

耐えられなくなって

びくっ!!

って激しく身震いした。

自分を見捨てるなよ!!

って全身が叫ぶようだった。

これ・・・・なんなん!?

無理しても眠れないので

諦めてこうして起きています。

実はこの経験何度かあって

いつも色々試してみるも

無意味なので諦めて終わります。

この感覚

怖ろしいです。

自分が広がっていくような

自分が抜けていくような

この感覚。

今回は腕だけだからいいけど

これが全身になったら

うちはどうやって自分を取り戻したらいいんだろう。

でも取り戻せないのが怖いんじゃない。

自分の外側と内側

その視覚的な自分と感覚的な自分の位置関係

それが反転するのが怖いんだ。

そのまま自分が抜けてくんじゃないかって

そんなふうに思う。

心は身体の中にあるとうちは思ってるんだけど

自分というものが内側から広がっていったら

いつかドーナツ化して

身体の外に心が存在してしまいそう。

それってなんだか気持ち悪いね。

あ・・・

そうこうしている間に

なんだか身体が落ち着いてきた。

元の鞘に収まってくれたみたい。

これでまた眠れるかな。


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2009. 11. 21

どっちがいい?

-どっちがいい?

-太陽のない世界と
-月のない世界

-活力に溢れた朝焼けと
-郷愁にふける夕焼け

-この一瞬を楽しむのと
-長い人生を楽しむの

-どっちがいい?

-男と
-女

-誰かを愛するのと
-誰かに愛されるの

-死にたいと思うほどの幸せと
-生きたいと思うほどの苦痛

-夢に満ちた過去と
-夢を失った未来

-絶えず変わり続ける自分と
-確固として変わらない自分

-自分が認める生き方と
-周りが認める生き方

-家族の幸せを失うのと
-自分の幸せを失うの


先日ある絵本に出会いました。

『ねえ、どれがいい?』

という本です。

選択肢からどれかを選んだとき

そこには自分の無意識の欲求が現れることに気づきました。

そんな無意識の部分をもっと知りたくて

今度は自分のために自分で質問を作ってみました。

これは答えを出すことが目的ではありません。

「白か黒のどちらかを選べ」

と言われたら

「グレー」

と答えるような自分です。

二択に縛られるからこそ

その二択をこえた答えを見いだせる

それがこの二択の本当の意義だと思います。

考える楽しさがそこにはあるんです。

オノ・ヨーコさんの著書で

『グレープフルーツ・ジュース』

という本があります。

「想像しなさい」というが言葉が印象的なこの本のおもしろさ

ようやくわかったような気がします。

何かに縛られることで

何かから解放されることもあるのかもしれません。


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