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2010. 06. 30

昨今のお笑いのネタ

久々にお笑いを見たんだけど

やっぱ笑えませんでした。

最近のお笑いって

ネタで誰かを踏みつけてる。

仲間外れとか

ゲイとか

間違った正義とか信念とか

それをネタにするのもどうかと思うけど

そこに笑いが生まれることもどうかと思う。

観客が笑うからネタとして成り立つわけだから。

おもしろい・・・ですか?

いや

別にうちはいいんだけどさ。

うちが笑われてるわけでも笑うわけでもないから。

ただ

そういったネタが日常にまで浸透してきたら

やっぱり問題だと思うんですよね。

テレビはエンターテイメントとして見れるとしても

現実でも同じように持ちこんだら

どこかで誰かを知らずに踏んでしまうだろうし

しかも誰もそれに気付かない。

お笑い番組の価値観を共有してるわけだから

違和感もなく疑問を抱くこともないんじゃないかな。

侮辱や嘲笑の対象をお笑い番組から得ているなら

そんな残念なことはないね。

多くのネタは誰かを踏み台にしてるように思うから。

ちなみにうちは

友近さんのネタは結構好きです。



言葉のおもしろさとか

意表を突いてくるおもしろさで笑わせてくれます。

ただの笑い。

されど笑い。

笑いは諸刃の剣。


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2010. 06. 29

わかってる

わかってるよ。

どこまでいってもひとりだって。

どこまでもいくからひとりなんだって。

だから安心なんだ。

自分しかいないから。


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2010. 06. 28

コンセプト

イメージ改革。

したい。

「かっこいいレズビアン」

このイメージをうちは打ちだす。

レズビアンだからこその

生き方

価値観

信念

誇り

それなりのもん

持ってるでしょ。

じゃないと自分

認めらんないっしょ。

それって

かっこよくない?


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2010. 06. 28

創造しなさい

わからないことを考えても

今までの経験からほとんどは

「わからない」という答えになるのはわかってるんだけど

だからって

考えなくていいってことじゃない。

わかんないことを考えることほど

価値があるものだとうちの場合は思います。

わからないことを

始めから「わからない」と答えを出したら

それはわからないに至るほど考えてないだけで

わからないんじゃなくて考えてないだけ。

答えのないものと向き合うのは

忍耐がいることもわかってるし

ときには危険なこともわかってるし

このだるさも

それによるものだってのもわかってるんだけど

だからって

考えるのをやめることはしない。

本当の「わからない」に出会うまでは。

それに

わからないことにもときには答えを出すのは必要で

それは可能か不可能かっていったら

もちろん可能です。

自分の答えをつくればいいんだから。

これが答えだと言えばいいんだから。

それは自分だけの答えになるかもしれないけど

そんな素敵なものは他にはないと思う。

さて・・・

うちはどんな「わからない」に向き合ってるのかというと

ずっと前から考えてる

自分を表現する手段とその表現の場。

困ったことに

したいことは山ほどあるのに

やり方はわからないことばかりで

したいことは明らかになっていく一方で

やり方はますますわからなくなっていくんですね。

このギャップをなんとかうちは埋めなくちゃ。

もしね

やり方さえ決まれば

例え「難しいよ」とか「大変だよ」とか「無理だよ」とか

そんな言葉をかけられても

それはもう百も承知なことなので

その言葉に怖気づいたり可能性を奪われたりすることは

おそらくないと思います。

そう思えるほど考えなきゃいけないと思うし。

場所なんてどこにでもあるし

やり方なんて無数にある。

うちの本気が足らないだけなのかもしれん。

うちが可能性を狭めてるのかもしれん。

うちが自分を信じてないだけなのかもしれん。

どこまでもある伸びしろ。


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2010. 06. 26

「学校教育と性的少数者」の参加感想文

ワークショップ「学校教育と性的少数者」に参加してきました。

今まであんま自覚なかったけど

うち地図見るのが苦手らしいよ(笑)

余裕を持って家を出たのに

最寄りの駅から目的地まで行くのに道を間違え

まさかの5分遅刻!!

やっべーやっべーと思いつつ会場に入ると

席がかなり埋まってる。

どこが空いてるかなーってきょろきょろしまくった結果

唯一空いていたのはど真ん中の最前列。

S席に座れるなんて幸先いいね(笑)

さてさて今回のワークショップの醍醐味は

高校生を対象とした模擬授業です。

「もしも友だちがLGBTだったら?」

というDVDを使って授業は展開されていきました。

DVDに関しては

対象者とDVDの内容に少しズレを感じましたね。

なんとなく当事者向けのDVDになってるようにうちは感じました。

でも今までこうした教材がなかったので

これから色んな教材ができてくるんでしょうね。

DVDを見たあとには

「性の4つの指標」を使って自分の性を表しました。

1.身体の性
2.心の性
3.社会的な性
4.誰を好きになるか

っていうのを

女と男を両端にした一直線を使ってそれぞれ表現します。

このへんかなーってとこをマルするんですね。

性を表現する難しさを久々に実感。

心の性はうちの場合省いちゃうかなー。

1・3・4とかから自分がどう思うかを考えることが

心の性にあたるものなんかなーって思うので。

表さなくてもいいかなーって。

うちの場合はね。

そんな感じで

模擬授業は主にこの2つの活動で終わりました。

授業ともなると色々と注意しなければならないこともありましたね。

セクシュアルマイノリティがいることを前提として授業をすることや

授業の流れをあらかじめ生徒に説明すること

これは「このプリントを回収するのか」「発表したりするのか」

当事者からしたらドキドキしてしまうことなので

安心して授業を受けてもらうためにという配慮ですね。

そうしたことがあげられてました。

一つの授業モデルとしてとても良い勉強になりました。

でも今日一番印象に残ってるのは

実はそうした模擬授業ではなく

隣に座っていた方との会話でした。

どういう方が来ているのか興味があったので

休憩時間に隣の方に話しかけてみたんです。

「教員の方なんですか?」って。

ちなみに女性です。

やはり教員の方でした。

なぜこのワークショップに参加したのかというと

つい最近

ある生徒に性同一性障害だとカミングアウトされたんだそうです。

それで勉強したいと思って参加したんだとか。

そこでうちは聞いてみました。

「そういう子の対応って難しいですか?」って。

「いや、全然難しくない。

難しいのは頭のカタイ先生たち。」とのこと。

思わず「ですよねー!」とか言っちゃった(笑)

やっぱりね

現実って自分の目で見ていかないとだめだなって思います。

勝手なイメージで

カミングアウトされたら教員は困惑するんじゃないかとかさ

ちょっとは思ってたんだけど

この方の言葉に迷いがないのを感じたり

笑顔で話してくれるのを見て

「あーうちも現実に追いてかれてたな」

と思いました。

隣の方との何気ない会話。

生の声が何よりも大事。

だからうちは叫びたいね。

自分の言葉で自分の声で。

それをどうやってするかはね

まだわかんないけど。


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2010. 06. 25

関西の大学の交流会に飛び入り参加

先日の日本女性学会で出会った方に

「関西の大学のサークルが交流会をやるのでどうですか」

というお誘いを頂いたので

反射のように「行きます」と即答。

そして今日はその交流会に参加するために京都へ。

各大学のセクシュアルマイノリティのサークルの方々を中心に

20名ほどが集まりました。

ちなみに奈良教育大学からは

もちろん一人だよ(笑)

うちの大学にはね

セクシュアルマイノリティのサークルはありません。

提案してくれたこともあったんだけど

うちが卒業したら消滅するんじゃないかとか

結局大きな負担となって

やりたいことやれなくなるんじゃないかとか

形だけになっちゃうんじゃないかとか

それだったら

どこまでも自由に一人でやってみた方がいいんじゃないかとか

他にも色々と思うことがあったのでやめました。

一人で模索してきた分こだわりが強いから団体には不向きだしね。

さてさて

じゃあうちはどうしようかな。

何しようかな。

帰りの電車で仁王立ちして考えていました。

サークルという活動をしている方

研究をしている方など

それぞれのやり方で様々なアプローチがされています。

うちのやり方

ずっと模索しています。

誰かの心を動かしたいなら

うちの心が躍動することをしないとな。

誰かにメッセージを送りたいなら

うちが納得したこと

うちが感じたこと

うちが経験してきたことじゃないと

きっと何も伝わらないしな。

というか

そういうものじゃないと伝えたくないしな。

音楽が身体に響くような

思わず踊りたくなるような

そんなようなことをしてみたいね。

つまり

心に響くような

心が躍動するようなさ。

音というものでそれができるなら

声というものでもできるかな。

音という共通認識で響くなら

言葉という共通言語で響くかな。

音が聴覚を刺激することで伝わるなら

あめという一人の人間が視覚にふれることで何か伝わるかな。

うちにはね

これしかないと思うんです。

この自分しか。

この心と身体しか。

知識も事実も

いつの間にか自分のものになってて

言葉も思考も

自分の歴史と経験がともなってて

「普遍」を求めていると思ったら

本当に求めてるのは全く逆の「特殊」であって

自分にしかないものだった。

そんなうちは

どうやってアプローチしていこう。

そんなうちを

どうやって表現していこう。

模索は続きますが

とりあえず

明日は大阪でワークショップがあるので

大いに学び大いに楽しんでこようと思います。



最後に

今日の交流会で会った方々へ。

うちの長い長い自己紹介を聞いて頂きありがとうございました。


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2010. 06. 24

世界でいちばんダサいドリフのOP



よくね

「あめは笑いのツボが違う」

って言われるんだけど

これも違いますか・・・?

何度見ても

一人で大爆笑なんですけど(笑)

あ・・・

携帯の方はパソコンで見てみてね。

見る価値ありですよ・・・たぶん。


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