Moratoriumer

今日も波に揺られて海を漂う。

プロフィール

あめ

Author:あめ
えまです。

2016年4月からオーストラリアワーホリ中。

日々挑戦。
日々感謝。


YouHood.



リンクフリーです。
いやむしろぜひ。

 

リンク

 

最新記事

 

カテゴリ

 

最新コメント

 

コンタクトはこちら

名前:
メール:
件名:
本文:

 

2011. 07. 31

フロンティアーあき

うちは自分を社交性が高い方だと思ってた。

相手のプロフィールや

会った回数や共にした時間

それらで関係を位置付けることはなく

また自分自身は緊張や気まずさもなく

だから特に壁もなく初対面でも接してきていた。

でも

そんなうち以上に社交的な人がいた。

あきです(笑)

「またあきですか!?」

とそろそろ突っ込まれそうですが

それだけ日々

というか一時一時に刺激を受けてるわけなので

仕方ないのです。

自分よりも社交的なあきといたら

いつしか自分もより社交性があっぷした気がする。

自身の見解では

おそらく人に対して壁はなかったものの

うちは人と距離があったのだと思う。

誰とでもオープンに話すけれど

感情や表情といったものは

需要や必要を感じなければあまり出したりはしない。

人と直に自ら触れ合うことも避けていた。

自分のテリトリーを確保しながら日々を過ごしていた。

でなければ恐かったから。

ただそれだけ。

だからオープンなフリして

オープンではなかったのかもしれない。

うちは大抵の言動を意図的にする。

あるいは何らかの意味を求める。

だから不意に何もない事象であったときは

それは反射みたいなもので。

だからそんな自分の言動にびっくりすることもある。

とにかく簡単に言ってしまえば

プライドが高く

誰かにとって理想の自分であろうと

無意識にも強制し

いつしか自身もそんな自分を望んでいた。

そんなガチガチなものこそ

一突きしてしまえばガタガタと崩れていく。

その弱さを感じていたから

うちは恐れ

守り

頑なになっていった。

そしてそれを強さとした。

それで確固たる自分が築けるならば

それで良かった。

弱さから強さを生み

その強さから強さを生み出す。

そうやって

何モノにも堪えられる自分を求め続けた。



うちは今まで以上に自分というものを感じている。

楽しければ笑い

悲しければ泣く。

触れたければ触れ

はしゃぎたければはしゃぐ。

誰かを前にしても

そんな自分の一面が

少しずつではあるけれども出せるようになった。

それはおそらく

うちが人に対して持っていた距離が

自分の一方通行ではあるけれど

縮まったということなのだと思う。

コーディネーターあき

かつ

フロンティアーあき。

おかげでまだまだ無限の可能性を自分に感じられる。

自分では気付いていないところにも

まだまだのびしろがあるのだろう。

日々気付かされ

成長することがあるのだから。


さらなる開拓を↓
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村



関連記事

2011. 07. 30

被写体になったうち

今日はこんなところで

スタジオ

こんなことしてきました。

撮影

それが何のためなのか

それはいずれ時期がきたら発表しやす。

さて

初めてこんなふうに写真を撮ってもらうものだから

服装をどうしようかと少し考えたものの

自分よりもこの人のセンスに任せたいと思い

うちからお願いしました。

その人とは・・・

コーディネーターあきっ!(笑)

前々から服や小物をアドバイスしてくれたり

うちに色々と着せてみようとしてくれたりします。

「“コーディネーターあき”と呼んで!」

と本人が言うもんですから

このように紹介させて頂きました。

あきのセンスが好きだし

絶大な信頼があるので

されるがままー。

コーディネーターに任せるままー。

とはいいつつ

結局うちも一緒に服を選びつつの

コーディネーターあきのチェックを経て

今回の衣装を決定。

写真って苦手だった。

レンズという機械に

暴力的に笑顔を求められるようで

そして無理に笑うのも嫌で

だからレンズを向けられるのが苦手だった。

でも

今日はめっちゃ楽しかったなー。

うちがまさかの盛り上げ役!

これ絶対あきの影響だよ・・・(笑)

今までの自分では

盛り上げられる自信もなく

その雰囲気を変えられるほどの力量もなく

だから静かにそのときの雰囲気に漂うだけ。

でも

あきとふざけあったり

あきには誰にも見せなかった自分を見せたり

あきと写真を撮り合って遊んだり

二度とないその瞬間を思い出にしたり

そして何より

二人でその時間や空間を共有し

それによって楽しめるということを実感したから

何も恐れず

うちは勝手に一人で盛り上がってしまったんだと思う。

本当あきのおかげ。

ありがとうあき。

服もばっちしだったよ。

かっこよく撮れてるかなー?

ふざけすぎのちょけすぎだったかなー?



それはそれでいいよね。


何の写真か気になる方はぜひクリックを(笑)↓
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村



関連記事

2011. 07. 29

うちの後輩とうちの彼女が話してるなう

今日は後輩と飲み。

後輩の話を聞きたいという思いで飲みに行ったものの

やはり多くの人は

うちの彼女とそれによって変化したうちに興味があるようで

結局その話になり

でもうちが話をするより会った方が早いし会わせたいし

何よりきっと楽しめるだろうということから

二次会を後輩とともに我が家で。

あきに対してうちは気を遣うことはなく

うちが会わせたいと思う人は遠慮なく連れて行く。

連れてきた故の責任だとか配慮だとか

そういうものをうちは感じることはなく

一緒に時間を共にしてしまえば

もうそれぞれが自由で。

連れてきたあとはあきに完全に委ねてます。

だから勝手にあきと後輩を放置し

こうやってブログを書いたりもします(笑)

それだけあきを信頼しているし安心もしてる。

だからうちはこうして羽を伸ばしているんだと思う。

うちが直接話の輪の中に入っていなくても

この状況それ自体がすごくおもしろい。

化学反応の瞬間を見ているようで。

後輩も明らかにあきを相手にすると

話す内容も選ぶ言葉も違う。

これもあきの魅力だとうちは思う。

あきもうちに話すときとは

また違う内容や言葉で話す。

だからこうしてあえて席をはずし

あえて後輩とあきが二人で話す場をつくって

さりげなく耳を傾け勝手に楽しむうち。

焼酎と枝豆と

後ろから聞こえる二人の話し声と笑い声があれば

うちはもう大満足ですよ。

それぞれにとって楽しい時間を過ごせたなら

もうそれで大満足ですよ。

今日もいい一日でしたっ。


最近惚気ばかりですみません。
それでも読んでくれますか?

にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村


関連記事

2011. 07. 29

「前」にするための記録

連続更新失礼しやす。

でも今思うことを今記録しておきたいので。



日付変わってるしいいよね(笑)

心がはみ出すくらい

切ない気持ちが溢れることがある。

その感情だけに左右されず

ぐっとこらえることがある。

それはきっと

二人にとって必要なことだと思うから。

どちらが前なのか後なのか

わからなくなることがある。

それでもその道を歩き続けるのは

きっとこの先が前だと信じるから。

一時の感情に流されず

その先を見据えていれば

その切なさに道が曲がることはない。

うちはそう信じて

ぐっとこらえる。

自分を信じて

相手を信じて。

うちだって

間違った道を選択することはある。

きっとそれはわかってるはず。

だからときに前を向かせてくれるんだろうし

それがうちにとって救いになることもある。

そういうあきだからこそ

こんなことが書けるのだとも思う。

大丈夫だよ。

きっと大丈夫。

前だと信じていれば

前に進んでいるはず。

向かっている先を

前にできるはず。

自分が安心したいがための

自分に向けた言葉。

前


前を信じる力を↓
にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村



関連記事

2011. 07. 28

クリックプリーズ!

勝負ごとは苦手。

でも自分に負けるのは嫌。

そんなうち。

相手が勝つとか

自分が負けるとか

相手が何位だとか

自分が何位だとか

そんなことは正直どーでもよくて

ただ自分の全力が出せればそれでいいと思う。

うちにとっては

それらは後付けに過ぎなかったから。

ただその全力っていうのが

しかもここぞってときにうちは大抵出せなくて

そんな自分が嫌だったりもした。

自分の力を発揮する方法がわからない。

もがけばもがくほど

深くまではまっていく

負のスパイラル。

だから

力を入れてがむしゃらにとにかくやれば後悔しない

という単純なものではない。

自分が自身に期待することを精一杯できたか

というのがうちにとって悔いが残るか残らないかの

違いであると思う。

本気になれない自分が嫌だった。

何一つそこまで熱くなれるものがなく

どこかいつも冷めていて

まるで熱くなっている周りを蔑むような自分が

また嫌だった。

でも競争性というのはときにおもしろみを引き出し

そこから新たな出会いや可能性が生まれるのではないか

・・・ということで

今回からめんどくさくて貼らなかったバナーを貼ります(笑)

密かににほんブログ村のランキングに参加してるのね。

うちの可能性を広げられるかもしれない“クリック”

どぞよろしくお願いします。

ちなみにこのバナーはオリジナル。

きっと見覚えのがある人もいるのでは。

そんな人がいたら嬉しいんだけど。

クリックよろしく!

怪しいサイトに飛ぶわけじゃないから安心してね。

ただビアンなだけ(笑)



にほんブログ村 恋愛ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村

バナーも拍手も貼ってるなんて

うちって欲張りだね。



関連記事

2011. 07. 28

彼女の「かっこよさ」の代わりとして

おそらく直接「かっこいいよ」なんて言っても

また「そんなことないよぉ」なんて突っ込まれてしまうだろうから

その言葉の代わりとして。

この言葉で表現できるのかは知らないけど

強いて代わりの言葉を選ぶなら

「真っ直ぐだね」

とあきにうちは言うかな。

他にもたくさん言葉はあるだろうけど。

「優しいね」

とか

「素直だね」

とか。

でも今のうちはその言葉を選ぶ。

うちは自分自身真っ直ぐでありたいと願ってきたし

でもその一方でそうできない自分に不甲斐なさを感じていた。

自分の中では真っ直ぐな道を通っていたとしても

足跡を見てみればそりゃもう不規則に曲がりまくっていて。

だからその真っ直ぐさに魅かれると同時に

羨ましくもある。

でもそれを自分も手にしたいとか

そういうことは思わず

ただあきがこれからも

その真っ直ぐさを失わずにいて欲しいと思う。

うちのことまで考えなくていいから

ただひたすらに自分の思いや感覚を貫いて欲しい。

うちを心配することなんてないから。

そういうあきに

うちは魅かれているし

だからこそ信じられるし安心できる。

だからそばにいる。

例え過去にその真っ直ぐさ故に何かあったとしても

それは過去の話であって

それはその人との関係においてでの話であって

うちは自分にはないあきの真っ直ぐさに魅了されているのだから

過去の結果なんて気にせず

これからもあきはあきらしく

というか

そのままの

ありのままのあきでいいと

うちは思う。

あきが変わりたいと願うなら

そこを否定したりはしないけど。

あらゆることは視点によって

意図も簡単に長所にも短所にもなる。

うちの視点からは

それはあきの良さであるし

魅力であると思うから

だからうちはその言葉を選ぶ。

「かっこいい」の代わりとして。

そのまま素直に受け取ってくれるなら

それがプレッシャーにならないなら

そんな言葉も必要ないんだけれども(笑)

ただ

一つ心配なのは

どうか

自分のために真っ直ぐな道を選んで欲しい。

きっと自分以外の誰かの思いを感じたとき

それはうちもそうなんだけれども

きっと曲がってしまうだろうから。

まー結局何が言いたいかって

素直に一言で言ってしまえば

あきはかっこいいよ。

うちにないものを

いっぱいもってる。

そんなあなたはかっこいいよ。

Aki2



関連記事

2011. 07. 26

そしてうちと彼女の母のなう

彼女の母はまだ知らない。

うちはあきの彼女だということを。

でもすでに3回はお会いした。

たった3回だけれど

話しやすくおちゃめな言動に

うちは気を遣うこともなく

あきが席を外したときにも

二人の会話を楽しんだ。

あるとき

あきとあきのお母さんと一緒にご飯に行った。

可もなく不可もなく

とにかく無害な自分でいた。

特に会話を切り出すこともなく

かといって話に加わらないわけでもない。

うちがいることであきとあきのお母さんの時間を

邪魔したくはなかったし台無しにしたくもなかった。

だからただただ

おいしいご飯と

そこにいられる幸せを感じていた。

あとで聞いたことだけど

そのときのうちは全く波を打つことがなかった

とあきはいう。

心臓でさえ波を描くのに。

まるで空気みたいだったと。

言われてみればそうだったのかもしれない。

よく心がけている。

あきの知り合いに会った時の

自分の立ち位置を。

まずはあきとの距離。

そして自分の立場。

そこから導き出された言動への配慮。

でも簡単な話

その場からさりげなく姿を消すのが一番早い。

そうすればあきはうちを変に意識することもなく

紹介したい相手に紹介したいように話してくれるだろうし

また相手からしても

あきに聞きたいことや話したいことが言えるだろうと

そう思うからチャンスがあればうちは姿を消す。

それができないときは

あきのお母さんといるときのように

空気のようになる。

相手からは認識されにくい空気だけれど

それを良いことにうちは密かに感覚を研ぎ澄まし

あきのお母さんとあきを観察していた。

あきのお母さんにうちはどう映っているのだろうかとか

あきはお母さんにうちをどう映そうとしているのだろうとか

まーでもそれは実はどーでもよくて

あきとあきのお母さんの心の奥底の真意を

少しでも感じようとした。

互いに思い合っているのに

何かがずれているようで

でもそれは望んでいるからされているようで

そうやって二人の関係が築かれてきたのなら

そこを一致させる必要はないんじゃないかなんて

3回しか会ったことのないうちはそんなことを

一人もぐもぐと考えていた。

あきとあきのお母さんの関係に

うちが加わるつもりはない。

うちはうちで

あきのお母さんと関係が築けられれば

と願う。

あきのお母さんは

どこかうちのお母さんと似ている。

包容力

気遣いの仕方

そればかりでなく

娘との距離感

娘を思う心

でもそれらをわかりやすく表面に出すことはせず

あるいは簡単に言葉にすることをしない。

ほんの二言三言だった。

あきが席を外したとき

あきのお母さんがあきのことを話したときがあった。

母の愛を感じた。

あきがお母さんの話をすることは何度もあった。

娘が母を想う真っ直ぐな心を感じた。

だからもう少し

あきのお母さんと話をしてみたいと思う。

お母さん自身の話を聞きたいと願う。

あきの彼女としてとか

あきの友達としてとか

どんな立場でもなく

一人の人間として。

うちに話してくれるかはわからないけれど

それがずっと未来でも構わないから

いつかあきのお母さんの

心に触れたいと思った。

そんな片想いなう。



関連記事

 | ホーム |  »

Flashカレンダー

 

月別アーカイブ

 

検索フォーム

 

ブロとも申請フォーム

 

RSSリンクの表示

 

QRコード

QRコード