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2010. 08. 05

「性と生を考える会」8月のサロン

今日は「性と生を考える会」の8月のサロンに行ってきました。

今回のテーマは「セクシュアルマイノリティと学校」。

最近はワークショップなどでよく学校と絡んだものがよくありますが

それは4月に文部科学省が全国の学校に

性同一性障害の児童生徒への対応について通知があったからです。

ニュースでも性同一性障害の児童生徒の対応に関するものが

よく報道されるようになりました。

うちも自分の性について考えたときに

性同一性障害というものも考えてみたこともあります。

うちの場合

少し時間を掛けてじっくりと自分自身と向き合った結果

なんか違うなってことになりました。

そこに医師の診断もなければ

誰かに相談することもありませんが

自分でじっくり考えれて本当に良かったと思います。

今回のサロンで

早い時期に「性同一性障害」とするのは恐い面もある

という話がありましたが

うちもそう思っています。

医師によって「性同一性障害」という診断をされたり

周りからも「性同一性障害」という目でみられたら

それに適応していようという力が無意識に働いてしまうんじゃないかと

そんなふうに思います。

「わからない」という状態は不安定でしんどいこともあり

どこかに落ち着いていたい気持ちにもなりますしね。

そしてそのうち

早い時期から「身体を適応させたい」と性適合手術をする児童生徒も

出てくるんじゃないかとも思います。

「性同一性障害」という診断が良いとか悪いとか

そういうことをここで言いたいわではありません。

ただ

性同一性障害の児童生徒の「対応」に配慮するのが大切なのではなく

児童生徒が自分らしく生きられるように配慮することが

根本にあることを忘れてはいけないなって思います。

だから

学校の対応に「性同一性障害」という診断が本当に必要なのかは

うちは疑問が残ります。

それに結局

男とか女とかいうカテゴリーに振り分けられる気もします。

そうしなければ円滑に学校で生活していけない状態であることに

気づき目を向ける人はどれだけいるんでしょう。

「制服のスカートが嫌なんです。ズボンが履きたいんです。」

っていうのに男か女かという性別が問題になるのは

そろそろ時代遅れにならないかな。

男は学ラン

女はセーラー服

っていうのはやめて

ただ

スカートがいいかズボンいいかを選択できるようにすることは

困難なんでしょうか。

これ

うちが学生のときにひどく疑問に思ったこと。

ランドセルは今やカラフルになったけど

そろそろ学生服もさ。

そういう学校があるにはあるけどランドセルの件とは明らかに違う。

この服には文化ってやつが染みついてるんかな。

ちょっと話が一貫性もなく個人的な思いへ行ってしまったけど

まとめようとするならば

男か女かっていうことがこれほどにまで問題になるということは

それほど性というものが自分たちにとって重要であるってこと

なのかもしれないですね。


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