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2011. 02. 08

“好き”の多様性

“好き”って気持ちが強いほど

“距離”って短くするものだと思ってた。

色んな“好き”を感じ始めて

なんとなくわかり始めた。

かわいさに魅せられたのか

かっこよさに憧れたのか

優しさに癒されたのか

強さに惹かれたのか

人間性に惚れてなのか・・・

とにかく色んな“好き”があることを感じて

そこでようやく問い直すきっかけを与えられた。

「この“好き”だったらベストな距離ってどこだろう。

あれ・・・好きなら近づけばいいって

そんな簡単なもんじゃないのか」

って。

うちの場合の話ね。

もしかしたら今の距離がベストなのかもしれないし

実はもっと近いほうがベストになるのかもしれない。

“好き”っていう気持ちが何によるものなのか

それが唯一の与えられたヒント。

例えば

“憧れ”だったら友達がベストかな・・・とか。

ただね

人間性に惹かれた場合ってどうなんでしょ!?

「この“人”好きだな」

って

「“人”として好きだ」

って・・・

いやそれがまず根底にあるのは重々承知だけど(笑)

“人”を“人”として感じるこの“好き”は

なんとも不思議で心地が良い。

これはもう女や男という代名詞は通用しない

その人そのものなのかもね。

あー

よくわかんない話になってきちゃった(笑)

でもそんなふうに感じる人の前では

うちは女としてではなく

もちろん男としてでもなく

いつも以上にありのままの“自分”でそこにいる感じがする。

性の多様性

愛の多様性

“好き”の多様性

どれもうちはより深く感じられるようになったけど

ミルトン・ダイヤモンドさんの言葉にこんなものがある。

「Nature loves variety. Unfortunately, society hates it.」
(自然は多様性を愛する。しかし社会はそれを憎む。)

社会はやっぱり憎むんだろうか。

学校でもそうなんだろうか。

誰一人同じ人はいない。

その個性というものは性別を超える

というよりむしろ

多様性を超えたものだとうちは思う。

好きだから家族になる人もいれば

好きだから恋人になる人もいる。

でも

好きだから友達でいる人もいれば

好きだから他人でいる人もいる。

その人にとってどの距離がベストかはわかんない。

人が好き。

その人が好き。

それでいいんじゃないかと

ここまで考えてきてようやく落ち着く。

“好き”を見極め距離の選択を試みる。

そんなことを一人でやってみるここ最近。

あ。

うちの脳にはきっとまたシワが増えた(笑)


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