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2011. 08. 11

新たなるスタートと生きること

先月に愛知県の教員採用試験一次を終え

今日が合格者発表。

結果。

落ちました。

そして今

幸運にもまた

スタート地点に立たせて頂きました。

今だから言える話。

実は心の奥では「落ちてくれ」と願う自分がいた。

一次試験の勉強をしながら。

でも言い訳の余地は作りたくなく

結果を素直に結果として受け入れ

また受け入れてもらえるようにと勉強を続けた。

自分が正々堂々と向き合わなければ

自分が本当に進むべき道を照らしてはくれないだろうと

そう思ったりもしたから。

だからうちにとって

教員採用試験は自分に対する試しでしかなかった。

この道を今進むべきなのかを確かめる機会でしかなかった。

合格でも「そっか。」

不合格でも「そっか。」

どっちであっても「それがうちの進むべき道だってことか。」

ただそう思うだけだった。

神とか天声とか精霊とか魂とか

二三年前までは

否定する気持ちもさらさらなかったが

むしろそれらを感じられることに羨ましささえ抱いていたが

残念ながら鈍感で盲目なうちは実感することもなかった。

神がいるならば

それは自分の中に持っていたかった。

天声があるならば

それは自分の心に耳を傾けておきたかった。

精霊がいるならば

それは自分の中に宿らせたかった。

魂があるならば

それに自分の肉体を近づけたかった。

しかし今

うちが生きているのは

不思議なほどに自分のためではない。

どこまでも自分を中心に置き

誰よりも自分の声に耳を傾け

自分の頭で進む方向を決め

自分の足で歩んできたうちだったが。

自分次第でなんとでもなると思っていたうちだったが。

今は常に何かしらの使命を感じ

自分の人生に何かしらのヴィジョンを感じている。

「生きている」というより「生かされている」。

そんな不確かで無形な

でも疑いもなく何かしらのヴィジョンを感じているうちに

「明日があるか」なんて自分ではわかるはずもない。

「明日が欲しい」なんて自分から願える立場でもない。

だから今を

生かされている今を

こうして生きてきているだけなのだ。

「明日も生きたいか」

という質問にうちが答えるのは傲慢すぎて

「明日も生かされているのか」

という疑問を抱くことしかうちにはできない。

“神のみぞ知る”

何においてもこれがうちの全て。

もちろん自分の考えや動きありきだが

日常の出来事の終わりはこれに基づく。

そんな神に見捨てられないように

この瞬間を全力で生きる。

そしてまだ未熟な六感全てを精一杯研ぎ澄ませて

その神の声に耳を傾ける。

どうか先でも後でもいいので教えてください。

うちに次は何が待ってるのですか。

うちはどこへ向かって歩けばいいですか。

あなたの忠誠なる使いは

明日もわからぬまま

でも懸命に今日も生きてます。

今日はあなたの気配がする。



窓辺でのんびりしてたら

「ピンポーン」と玄関のチャイムの音が聞こえた。

でもチャイムは1dBも鳴っていなかった。

脱衣所で着替えていたら

「ピロリロ」と聞き覚えのない電子音が聞こえた。

もちろんそんな音が出るようなものはそこになかった。

今日あなたは電子音でメッセージを送っているのですか。

しかし未熟にも

うちにはまだその音を理解することができません。

ただわかるのは

まだ生かされているということと

まだ見捨てられていないということ

そして

まだまだヴィジョンの探究が続くということ。


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