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2011. 09. 09

明日も生きていたいがために

何ものからも解放されたとき

うちはおそらく

死んでしまうだろう。

糸のついた凧が

その色んな想いによって紡がれている糸が切れた時

凧が天高く上がった先は

うちの見解によるとおそらく天国。

つまり死。

例え天高く上がらなかったとしても

切れたら恐らく急落下。

どっちにしろ死。

凧は

酷にも糸がないと凧として存在することはできない。

その糸によって縛られているのと

その糸によって無情にも飛ばさせてもらっているのと

それは切っても切れないように

うちはその糸がないと生きてはいない。

馬が走り続けられるのは

馬車という重荷ととも感じられるものを背負っているからであって

そんな馬が不意にも手綱を切られたら

おそらく走ることを止め

途方に暮れてしまうだろう。

あくまでも

うちの想像でしかなく

うちの見解でしかない話。

あきと話をしていると

自分を知れる喜びとともに

自分を見つめる苦しさがある。

なぜ

そこまでして

うちは生きているのか。

一体

うちは何者なのか。

そんな答えのない

答えが出たら終わってしまうような

そんなものと向き合わせてくれる。

あきと話している中で

本当に吐きたくなるほど辛いものとも出くわすこともあるけれど

そしてそれさえも口にせず耐えるときもあるけれど

ただただ

感謝する。

そんな自分に出会わせてくれるあきを。

何ものにも縛られず

何の責任も義務も負わず

誰からの何も期待を感じず

ただうちは生きればいいということを

色んな方向から教えてくれる。

でも

それでもうちは

こうやって生きてきたから

今更

自分のためだけに生きることはできない。

何ものからも解放されたとき

うちはきっと死んでしまう。

自分のためだけなら何の意味もなさず

何の価値もなさないと思ってしまうから。



書いているのはそんな話が繰り広げられている最中だけれども

ブログ更新は明日にとっておこう。



するべきものではなく

明日

するべきものであると

なんとなーくそう思うから。

明日の自分を

残すために。

9日に生きている自分を

残すために。

明日起きた時に

ポチッと更新ボタンを押そう。

そうやってうちは

明日を残そう。

あきとの明日を過ごしたいがために。


自分のために生きているのか、
誰かの何かのために生きているのか、
わかっていないようで、実は明白。
誰も切り拓かない道を切り拓くために、うちは明日を生きる。
それは不意にも、自分のためなのかもしれないけれど。↓

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苦しみは生きている証

苦しみさえも明日につながる糸

うちは今の自分に生きる意味が見いだせていない

受験生だった去年の方が苦しくて苦しくてよっぽど生きる意味を見いだせていた

Re: タイトルなし

> 秋桜さん

つながれている糸がありながら、いかに自由に舞うか。
苦しみがある中で、いかに生命力を生み出すか。

もがきながらも、はしゃぎながらも、今日も生きる。

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